コラムニストになるために書く訓練をするのだ!!!

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憲法施行59周年

今日は憲法記念日ということで、やはりこういう時にしか具体化しない憲法について私の思うところを短めにまとめてみたいと思う。

まず初めに断っておくと、わたしは根っからの護憲派ではない。
むしろ、憲法改正をしたほうがいいとさえ思っている。
しかし、今の自民党が出している新憲法案の流れの上での改憲には反対である。
そもそも、今の改憲派がよく言う「現実とあわなくなってきている憲法を現実にあわすために改憲が必要である」という論理には真っ向から反対である。
というのも、憲法はほかの法律とは異なり、そもそもその国の理想を掲げており、またこの理想に向かって政府は邁進しますよという国民への約束であり、一方で諸外国に対する宣言であるという性質を持っているのだ。
であるにもかかわらず、現実にあわせるというのはそもそも憲法というものを学んだことのない人間の言葉であるとしか思えない。
しかしながら、その理想を掲げた条文があいまいであるがゆえに、特に9条に関して不当な拡大解釈がおこなわれ、いまやイラクや諸外国から見れば占領軍としか見えないものを送ってしまっているのも事実である。
であるならば、その理想を担保するためにも厳格な条文を規定すべきであると考えている。
これを私は今の改憲論と区別するためにも「理想的改憲論」と呼び、自民党などが推し進める改憲論を「現実的改憲論」と呼ぶことにしている。

しかし、ここで考えねばならないことがある。
そもそも、昨年末自民党が出した新憲法案はその名でもわかるように「新しい」憲法案なのだ。けして改正ではない。つまり、日本という国においては大日本帝国憲法、日本国憲法に並ぶ3つめの憲法を意識しているのだ。
これはやはり、アメリカから「押し付けられた」という意識から抜け出るために自主制定憲法と位置づけたいためであると考えられる。
しかし、よく考えて欲しい。
憲法を新たに制定することというのは、国体を変更することであり、言い換えればクーデターを狙っているということである。
今の自民党は堂々とクーデターを宣言しているに等しいのだ。
これを、誰も咎めようとしないのはどうしてなのか。
今、国を愛する心が必要であるというならば、この自民党の国家転覆宣言を責めずしてなにを責めるというのだろうか。
これらを考えたとき、私が呼んでいる「現実的改憲論」という言葉はむしろ「クーデター改憲論」と呼んでしまったほうがいいのかもしれない。

短くまとめると最初に書いてみたのだが、総論的な話だけでつらつらと長引いてしまい、自分の思いの10分の1も出せないうちにこんな長文になってしまったのでここら辺で終わるが、また機会があればこのブログ上で述べたいと思う。


DSC03483.jpg自民党の新憲法案(全文読んだことあるのは何%ほどなんだろう?)

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テーマ:コラム - ジャンル:ニュース

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