コラムニストになるために書く訓練をするのだ!!!

日々のニュースを私的視点から(なまくらですが)切り込む !! 1分ぐらいで読める分量を意識して書いています。 コメント欄で議論をしあえる場を作っていけたらなと思っています。

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正義を疑え!!

畠山鈴香容疑者の卒業文集を見ると、この陰惨さに眼をそむけたくなるだろう。

卒業1

卒業2


確かに、いま客観的にこの文集を見てみると、その同級生の神経、そして掲載を許した先生の神経を疑いたくなる。
しかし、そんな単純なものではない。
以前、「監獄実験の番組を見て」でも書いたが、一定の条件が整えば人はとんでもない過ちを平気で犯してしまうものなのだ。
この場合は、集団心理と正義の味方心理、2つがその裏側にあると思われる。

集団心理は言及するまでもないと思うが、正義の味方心理というのは、あまりなじみがないと思う。
しかし、この心理はあらゆるところで表れている。
例えば、和歌山カレー砒素事件で林真須美被告の家に対して、ひどい落書をしたり、物をぶつけるといった行為が実際に行われたが、それは「相手が悪=なにをしても自分は正義」という心理から来るものである。
また、実際には起こらなかったが、ワールドカップ日本代表が帰国する際に、空港で水(卵なども)をかけてやろうという書き込みが多々なされていた。これも、ひどいプレーをした選手なら何をしてもいいという心理から来るものである。

また、この心理は国家単位でも発動する。
戦争が起きる際には、国家はこの正義の味方心理を発動させようとすることが歴史上証明されている。
ドイツの場合、ヒトラーは「われわれは不当に支配されている」と喧伝した。
日本においても「鬼畜米英」をスローガンにして、一方でABCD包囲網を理由に戦争に突入した。

では、われわれはそんな心理に操られないと言い切れるのだろうか。
例えば、北朝鮮に対して、経済制裁せよという声。
経済制裁の影響により、多数の子供がよりひもじくなり死んでいくかもしれない。
それは、北朝鮮が悪い国だから仕方ないと言い切れるのだろうか。
アメリカに追随すること。犯罪被害者のことを思いやって、死刑当然に傾く世論。
やっぱり、「操られてるんじゃない?」といいたくなる。

かといって、この卒業文集に書き込んだ同級生や、それを止めなかった先生をかばうつもりはない。
ただ、日本国民の多数が書き込んでいる状況なんだから、単純に批判はできないよなと思ったしだいである。
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ゲーム大国日本

最近、このブログで書くことが「意識」という内面ばかりに言及しており、「哲学」みたいになってしまっている。
これではダメだ。
そもそも意識なんてものは、人それぞれ違うだけに「それは違う」と言い易い。それゆえ、その分析自体も、あまりおもしろいものではない場合が多いということは自分自身でもわかっている。

であるので今回は、ちょっと砕けたものに挑戦してみたいと思う。(批判はたくさんください)

私と同世代の男性なら、一度はガンダムのコックピットに乗っている自分というものを想像したことがあるだろう。
それが現実に体験できると聞いて、先月のゴールデンウィークのあたりに体験してみた。

とはいっても、これは、バンプレストが今年稼動予定だという「機動戦士ガンダム 戦場の絆」というゲームの話である。
しかし、侮るなかれ、これがすごいのだ。
今までのゲームのような俯瞰的に機体を見るのではなく、まさにコックピットに入っている感覚なのだ。スクリーンは上下左右180度が見渡せ、操縦は手元のレバーで移動と攻撃。足元のペダルでダッシュ、ジャンプを行うという、まさに操縦している感が十分に味わえるのである。
しかも、ガンダムの世界に欠かせない戦闘中の会話もできるのだ。
まさに、僕らの夢を現実にしてくれたようなゲームである。

しかし、やり終えた後の満足感の一方で怖さも感じた。
この技術が自衛隊などに用いられると・・・と。
実際アメリカでは、軍の訓練の中にゲームを取り入れているという。
その中で、躊躇なく人を倒す訓練をさせる。
実践においてもスコープから見える映像はゲームと代わり映えしないから、ためらいなく人を殺すことができる。

是非、世界トップのゲーム技術を持つ日本はこれをゲームの中でのみ発展させて欲しいものである。

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イラク派遣が残したもの

イラクから自衛隊が撤収を始めた。
約2年半に及んだサマワでの活動は一体なんだったのか、私なりに考えてみた。

自衛隊派遣決定から実際に派遣するまでの期間はさまざまな議論がなされた。現地での自衛隊の活動内容、賃金、意味などは広く喧伝され、いまだに自衛隊の主任務を水の供給と思っている人もいるほどである。(実際は、2005年2月にODAにより大型給水施設ができたことから、自衛隊の活動は給水から学校などの建設になっている)

その後、現地で日本人人質事件が起こり、「自己責任論」などが巻き起こるなど、日本人の国家権力への傾倒がはっきりと表面化するようになってきた。

その後、大統領の選出、国民議会選挙などがあっても日本メディアはほとんど伝えることをやめた。
自衛隊を送り込んでいるにもかかわらず、まるでまったく関与してないかのように。

こうしてみてみると、結局のところ、自衛隊派遣がもたらしたものは「戦争への忌避感の麻痺」であったように思う。
それを裏付けるように、先月の内閣府の調査では日米安保条約体制を支持するという人の割合は78パーセントにものぼり、過去最高の数字を示した。アメリカこそが最大の戦争産出国であるにもかかわらず・・・

この状況に恐ろしさを感じずにいられない。
「陸自はひとりの犠牲者も出ずに、現地の惜別の声を背に撤収しようとしている。」
このように説明されると、今の麻痺情況では「では次ももちろん」となるのは確実である。
つまり、次の戦争の時には、派遣の是非の議論さえすっ飛ばされる可能性が高いということだ。
しかも、戦争が産業化しているアメリカについていくだけに、そんなに遠い未来ではないだろう。

イラク派遣が残したもの。
それは何よりも大きな「異状を異状と思わない」という意識だったのではないだろうか。

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武士道がもてはやされる時代

ワールドカップでは、日本代表は惜しくもというか、予想通りというべきか、1次リーグ敗退に終わった。
これに対して、あるキャスターが「サムライ精神をもっと見せて欲しかった」と言っていたが、サムライ精神とは一体なんなのであろうか。

サッカーのみならず、対外国を意識するとき必ずなぜか「サムライ」という言葉が出てくる。
「サムライブルー2006」というのが今回のワールドカップで日本代表に使われたキャッチフレーズであったし、確か野球のWBCのときも使われていたように思う。
また、今年のベストセラー「国家の品格」でも、似たような言葉である「武士道」という精神を強く推奨している。

この「サムライ」という言葉から来るイメージは、清廉潔白、正義、勇気といったところであるが、本当のところはそんなにかっこいいものではないはずだ。
武士という言葉が出始めた平安時代から鎌倉時代にかけては、武士というと「野蛮なもの、なにをするかわからないもの」の代名詞であった。
鎌倉から室町時代になるころには、武士が支配階級になったおかげで、武士の地位は向上したが、軍記物を読んでもわかるように、奇襲、夜討ちなどはむしろ賞賛されており、決して清廉潔白というイメージではない。
戦国時代には下克上時代とも言われるように、油断をするほうが悪い、正義は後からついてくると考えるのが通常であり、今の武士道からは正反対にあるといってもいいだろう。
江戸時代の武士はといえば、これといった働き場所もなく、ただ農民からの年貢を食いつぶす集団的武装搾取集団であった。

このように、武士道なんていうものは、けっしてかっこいいものではないはずである。
であるにもかかわらず、このように持ち上げたがるのは、日本人の祖先の肯定と敬意にその根底があるのであろう。
どんな人でも祖先に敬意を払い、そして祖先のしたことを肯定的に捉えたいという気持ちがあり、それは私にも理解できる。
しかし、その気持ちがあまりにも大きすぎると、現実とは乖離していく。

今、第二次世界大戦に対する評価に対して中韓のみならず、アメリカやインドネシア、フィリピンからも眉をひそめられつつある。
これは、日本人が祖先に敬意を払い、肯定したいばかりに現実とは乖離したことを主張したがることにも一因があるであろう。

武士道がもてはやされる時代。
まさにそこに、日本人の捻じ曲がった現在への肯定が見て取れる。

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本当に情報化社会なのか

「今、日本のみならず世界中がワールドカップに熱狂している」「世界中で10億人以上が観戦し・・・」という言い方がよくなされる。
世界の人口は65億人とも言われている中で考えれば、6人にひとりは観戦するという世界最大の共通ニュースといっても過言ではないだろう。

だが一方で、ワールドカップなどよりも大切かもしれない知るべきニュースがあるのも事実である。
先月、国連は「世界がもっと知るべき10のニュース」を公表した。以下列挙する。

 1.内戦で荒廃したリベリアの復興
 2.不法移民対策強化のあおりを受ける難民・亡命希望者
 3.コンゴ(旧ザイール)の人道状況
 4.紛争の犠牲となっているネパールの子どもたち
 5.治安悪化で後手に回るソマリアの干ばつ対策
 6.忘れられた多数の難民
 7.パキスタン地震の復興
 8.不法に拘束される子どもたち
 9.水をめぐる紛争と協力
 10.和平プロセスが停滞するコートジボワール

この中でいくつ知っているだろうか。
また、これらの10のニュースは国連が発表したことでクローズアップされたといってもいい。しかし、これらからもれてしまっていること、例えば騒乱の続く東ティモールだとか、世界最貧困国といわれるバングラディッシュなどわれわれはほとんど知らないで生活してしまっている。

いまやインターネット上では情報があふれ、英語が読めればほとんどの情報を、日本語だけでも相当の情報を得ることができる。
だが、これらの情報ははっきりいって届いていない。
それはなぜなのか。
単純に言ってしまえば、それはみんな情報の偏食家になったからなのだ。
サッカーに関心がある人は、サッカーのことばかり深く情報を探っていく。
車に関心のある人、芸能に関心のある人、株に関心のある人、それぞれに自分の好きな情報を探っていく。
インターネットを使えば自分の知らない情報が次々に出てくる。
そうなればそっちに夢中になり、本当に知るべきニュースにかける時間もない。そもそも、知るべきニュースというのもその人にとってはそうではなくなるのかもしれない。
それだけなのだろう。

検索エンジンが発達するごとに、そして情報を検索するのに慣れてくるごとにわれわれは本当は情報から離れていっているのかもしれない

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メディア規制からメディアコントロールへ

自民党はどうしてもNHKをコントロール下に置きたいようである。

3月の自民党の山本順三議員の人事介入発言に引き続き、今月15日、自民党の柏村武昭議員が番組内容に立ち入る発言をした。(ちなみに、あのイラクの人質事件のときも、本質をまったく見ない発言をしていたのも彼である。)

詳しくは、参議院総務委員会の6月15日のビデオライブラリーを見ていただくか、文字におこしてみたものをPDFにしているので、そちらを見ていただきたい。⇒PDF版

要約すると、「NHKの国旗国歌の扱い方はけしからん。いまのNHKの放送は偏った内容を、マインドコントロールするものだ」と言っている。
一方で「もっと国旗国歌に誇りを持つよう助長する責務がNHKにはある」とマインドコントロールを勧めている。
これこそ偏った発言であり、彼がこのような発言を個人として国会の場でしたと言うならば、彼は国会議員である資格はない。彼は来年参院選があるそうだから、選挙民の広島県民は考えたほうがよい。
しかし、彼がほとんどすべて書類を見ながら発言していたことから考えれば、自民党の思惑に沿って発言をしたと考えるのが妥当であろう。

私がなぜこんなにもNHKについて熱心にこのブログで取り上げるかというと、NHKが自民党のコントロール下に入れば、テレビメディアはすべて権力の統制下にあるプロパガンダ放送になると思っているからだ。
そうなれば自然と新聞メディアも第3のメディアといわれるインターネットも、政府のプロパガンダばかりとなるだろう。
そうなったとき、向かう先は一国主義的なものの考え方、つまりは他国と衝突を繰り返す国になってしまうのである。その先は戦争しかない。

歴史もそれを証明している。
ナチスドイツはプロパガンダを多用して、戦争へと向かっていったことは有名である。中国だって、国営放送で都合の悪いことを封印し、チベットやベトナムに侵攻した。アメリカだって9・11以降政府を後押しする放送ばかりとなってしまい、90パーセントを超える大統領支持率のもと、イラクへ侵略した。

9条改憲が戦争への道と言われるが、政府がその道をまっすぐ行こうとしてもさまざまな反対にあい、進めるような道ではないだろう。
現実的にはメディアをコントロールし、反対もできない中で戦争を行うほうが道としては険しくなさそうである。

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出生率とホワイトカラー・エグゼプション

私の兄に2人目の子供ができるらしい。
この一ヵ月の間には生まれるそうだ。すでに性別はわかっているらしく、名前までもう決めているという。
出生率アップという国策に貢献している兄には心から敬意を表する。
私にはできないであろうからなおさらのこと・・・(笑)

話はそれたが、今月1日に厚生労働省が発表した出生率は1.25と過去最低を更新するものであった。特に東京の出生率は初めて1.00を割り込み0.98という数字になっている。ひとりも生まない夫婦が普通になっているという現状である。

だが、そうなるのは致し方ない。
現在、少子化対策を推し進めるべき厚生労働省は「ホワイトカラー・エグゼンプション」なる制度を導入しようとしている。これは、簡単にいえば、労働時間規制そのものをやめてしまい、世の中から「残業代」というものを一切なくしてしまおうという制度である。
こんなものができてしまえば、企業はいくらでも残業させるだろうし、それにいやとはいえない労働者はこき使われざるをえない。

一昔前、政府は「子育てできない男を父とは言わない」というような胡散臭いキャッチフレーズで、全面的に男の育児参加を啓蒙していた。これに感化されてか、マスコミは父親も子育てに参加する時代であるという声を上げてきた。それゆえ、夫の子育て参加を当然の事と思っている女性たちも多いだろう。一方で、会社からは残業は当然だといわれる。2つの当然にはさまれて、男はどうすればいいのだろう。
そのような状況であれば、子供はいらないという選択をする男性が増えるのは、それこそ「当然」ではないだろうか。

前にも書いたのだが、政府のすることはいちいち矛盾している。
出生率を上げたいのなら、逆に残業をあいまいにしている会社をしっかりと取り締まる。
そちらの方向に進んでいかねばならない。

経済など、所詮人がいなくなったら成り立たないものである。
雇用者の都合だけを考えての制度などは国を滅ぼす元である。

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6月WS告知

6月のワークショップの告知をさせていただきます。
次回は、6月28日(水) Space & Cafe ポレポレ座にて 19:00~21:30
テーマは、「愛国心と靖国参拝~中国・韓国からの視点も絡めて」です。

ゲストスピーカーとして,中国人・韓国人ジャーナリストや留学生に来ていただく予定です。

問い合わせ先
アジアプレス・インターナショナル 担当:刀川(たちかわ)
●tel:03-5465-6605 ●fax:03-5465-6606
●e-mail: tokyo@asiapress.org

今回、継続審議になりましたが愛国心に関するワークショップです。
ワールドカップでのプチナショナリズム(?)なども含めて考えていければと思っています。

自治体の政府不信

先週のNHKの番組で米軍再編について特集を組んでいた。
1日目はドキュメント、2日目は識者を呼んで討論、3日目は「日本のこれから」と題して視聴者参加型のスタイルでやるというのは、去年の8月13,14,15日の放送から確立したパターンで、これからもこのパターンを継承していくと考えられる。

番組的には総体としてすばらしいものに仕上がっていたが、最後の討論だけはいただけない部分が多々あった。議論を通り越しての罵り合いや、額賀長官の言い分を中心とした流れは、正直見ていて「生産性のない議論だ。これでは基地に関係のない町に住んでいる人は米軍再編なんてほとんど興味もないのに、さらに興味がなくなるだろうな」と思わざるを得なかった。まあ、生放送なので仕方のない部分ではあるが・・・

それにしても、この番組に出ていた額賀防衛庁長官だとか、防衛問題の自民党のスペシャリスト石破元防衛庁長官、そして外交問題として語る麻生外相、小泉首相など自民党、政府関係者が決定的に間違っている視点がある。
それは、なぜ地元は一様に反対するのかという視点である。
彼らはきっと「米軍基地は危ないからどこの町でも反対するのは当然である」だとか「戦略的にお金を引き出すために反対をしているのだろう」とでも思っているのだろう。これは小泉首相の「賛成か反対かといわれれば、だれでも反対するでしょう」であるとか、自民党幹部の「地域エゴイズムだ」という言葉に代表されて表れている。

キャンプ座間を抱える座間市の星野市長は自他共に認める保守系の政治家であった。米軍基地との親善交流行事にも出席する、まさに基地容認派である。彼は6期連続で市長に当選しており、座間市民としても基地を容認していたと考えてよいだろう。
そんな町が、今回の米軍再編においては反対行動を起こした。3月11日の基地強化への抗議デモ行進で先頭を切ったのは、ほかならぬ星野市長であった。
反発の背景としては、まったく政府側が説明をしてこなかったことがあげられている。星野市長は正式な報告の一年以上前から、政府に対して移転の説明を求め続けてきた。だが、政府側は「具体的な話は一切ない」とはぐらかしてきた。その後、急転直下的に昨年11月の中間報告となったのである。

私が直接取材した岩国もそうだ。
かの地は岸信介、佐藤栄作を生んだ熱烈な保守の土地柄で、日本で最もうまくいっている米軍基地といわれていた。だがこの町でも、事前交渉がまったくないまま中間報告における米艦載機の移転という負担増を言い渡された。これにより、3月12日の投票では約90パーセントが反対票を入れており、圧倒的な「ノー」というメッセージを発する結果となった。

前出の額賀長官は「住民投票の結果は国の専権事項である安全保障において意味を持たない」という筋のことを言っている。また防衛庁内では「地元の了承を取ることは不要だ」という声が多数を占めているという。
しかし、この思い上がりこそが地元で反発を食らう主要因である。

例えば、あなたの家の隣の土地に国が勝手にごみ処理施設を建て始めたらどう思うか。
きっと文句のひとつも言うでしょう。
それを周りが「ごみ処理施設は必要だから」といっても、納得できないでしょう。

決して基地反対運動はエゴなどではない。


錦帯橋岩国市の観光名物・錦帯橋

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ワールドカップとメディア

今日の深夜からワールドカップが始まる。
ロナウジーニョ、カカ、アドリアーノなどタレントがそろっていて、優勝候補最右翼のブラジル。
ランパード、ジェラード、ベッカムなど中盤が豊富なイングランド。
攻撃重視のオランダ、目立たないがかなりまとまっているアルゼンチン、開催国ドイツなど強豪国がどう戦うかかなり楽しみである。

それにしても、日本のメディアは前のトリノオリンピックから何も学んでないのだろうか。
まるで、日本の予選通過は当然であるかのように報道(報道と言うにはあまりにもお粗末であるが)している。
もちろん、私も期待はしているのだが、まあ正直なところ予選通過は難しいのではないかと思う。

ではなぜそのように報じるのか。
2月27日のブログ「トリノオリンピックのつたえかた」にも書いたが、もはや構造的な問題となってしまっているのだろう。
「やってくれるぞ」と言わなければ視聴者の関心を引かない。それゆえ、どんどんエスカレートしていく。視聴者もそれを受ける形でどんどん期待が高まる。期待の高まった視聴者をよりひきつけさせるには、さらにエスカレートさせるしかない。
つまり、市場原理を持ち込んだメディアはそうならざるをえないのである。

しかし、期待というプラス方向へのエスカレートはまだいい。それが裏切られた場合、バッシングがおこってそれで終わるからだ。問題はマイナス方向へのエスカレートだ。
不安をあおることはメディアの常套手段である。「危ないぞ」と言えばそこに人は関心を持つ。それゆえにメディアはエスカレートしていく。
だが、このエスカレートには終わりがない。どこまでも際限なく行きかねないのだ。

今の時代、電車にはテロリストがいるかもしれない。隣のおばさんは自分を殺すかもしれない。同級生だってキレて自分を刺すかもしれない。
このような情報があふれた世界の中で、それらを純粋に受け取ってしまった場合、社会に出ることや、そもそも家から出るのだって怖くなる。
私はこれが今の社会にニートや引きこもりを生んでいる気がする。

しかし、市場原理に従えばメディアはそうせざるをえない。村上ファンドやライブドアは市場原理の原理主義的な発言をしていたが、メディアは市場原理にはあわないということだけは確実である。

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改正道路交通法施行1週間

改正道路交通法が施行されて1週間が経ったが、この間メディアでもさんざん取り上げられ、なにがアウトでなにがセーフかということは周知されたのではないだろうか。
道路交通法の改正の要約についてはこちら

その影響か、毎日行き来している渋谷でも、慢性的にあった路上駐車もまったく見かけなくなり、むしろ民間監視員のほうが見かけるという状況だ。

そもそも、このこのたび道路交通法が改正されて民間監視員制度が導入されたのは、①一向に減らない違法駐車解消と、②違法駐車取締りにまで手が回らない警察の補助を民間に任せるというものであった。

しかし、ここでよく考えなければならない。
まず①についてであるが、今の状況を見てもわかるように、短時間でも車から離れるとアウトということや、違反金を納付しなければ車検が受けられなくなるということ、つまり厳しくすることをアナウンスすることができれば、違法駐車が減ったわけだ。
であるなら、民間に任せるということは必要があったのか疑問が残る。

次に②の理由についてであるが、そもそも、あれだけおおっぴらに駐車違反をしている車があったのに、警察が何もしてこなかったのは、大体30分以上とめていたらアウトというルールの下、一台に対してそんなにも時間をかけられないので、目に付いたらやる程度だったからだ。市民が迷惑駐車していると連絡しても動かないのも、現認してからまた30分後に現認しなければならないことに効率的に無理があったことからである。
であるならば、今回のような短時間での取締りができるならば、警察でも対応はできたのではないだろうか。
ますます民間委託の意味がわからなくなってくる。

しかも、駐車監視員はそれしかしないので、宅配業者や工事、清掃業者など目に付くものすべてに見境なく取り締まっている。これでは、コストがわれわれ市民に跳ね返ってくるのは時間の問題である。

ではなぜ民間監視員制度を採用したか。
それはやはり警察利権の確保。これに限ると思う。
元警察官は民間監視員の資格を取りやすくなっており、警察官の再就職先としてもってこいである。
また委託される業者も、あの免許更新時にそっとお金を払わせようとする悪名高き安全交通協会や、元警察官僚の政治家が創設に関わった会社など警察利権の絡んだ組織が名を連ねている。
つまり、簡単に言っちゃえば「あなたたち国民から違法駐車金を徴収してわれわれ警察関係者の懐に入れますよ。また、足りなかったら税金からもらいますよ」と言っているのと同じである。本当に腹が立つ。

民間駐車監視員制度を採用した以上、ほかの犯罪に当てられる人員はずいぶん増えたはずである。
これで犯罪検挙率が格段にアップしなければ完全な詐欺である。

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「横のつながり」集団、ヒルズ族の転落

若者の間ですでに定着している言葉がある。
「ヤバい」という言葉だ。
この言葉自体は前からあるじゃないかと思う方もいるだろうが、使い方がまったく異なる。
今までの使い方だと「危険だ」とか「どうしようもない」とかいう否定的な意味が強いが、若者が使う場合はやけに肯定的に使われる。

例文として、「この飯ヤバくない?」という文を参考にとってみる。
一般的な意味だと「賞味期限が切れていそうだからやめといたほうがよくないか」という意味になるだろう。
しかし、若者の言葉だと「このご飯はすごくおいしい」という意味になる。

もうひとつ例文をあげてみよう。
「あいつヤバいよ」といった場合、一般的には「あの人は危険だ」となるが、若者が言った場合「あいつかっこいいよね」という意味になる。

もちろん、若者がいつも肯定的に「ヤバい」という言葉を使っているわけでなく、一般的な意味でこの言葉を使う場合もある。つまり、その文脈で言葉を理解しなければならないのである。非常に困難な作業である。

では、若者はなぜこのような難儀な言葉を使うようになったのか。
私は、現在の社会構造として、「縦のつながり」がほとんど希薄になり、「横のつながり」のみで人々が生活をおこなっていることに理由があると思っている。
つまり、世代を超えたつながりがなくなり、同世代でのみつながっていく。同世代ならば、話も合うし、わざわざきちんとした言葉を使わなくてもよい。
それがこのような言葉を生み出していると思う。

似たようなことが、ほかの場所でも見ることができる。
インターネット上では「萌え」「ぐぐる」などの言葉が生まれている。
ギャル文字なんていう、暗号のようなものもある。

横のつながりは確かに居心地がよい。反発するものも少ないし、言葉を選ばなくてよいからだ。しかしそれゆえに成長が少なく、ほかの世代から理解されない。

一時、まるで時代の寵児のようにあがめられたヒルズ族。
あの集団は完全に横のつながりである。30~40歳ほどのいわゆる団塊ジュニア。
彼らは、仲間内ではその論理が完全に正しいとみなで一致していただろう。
しかし、横のつながりであるがゆえにほかの世代から理解されなかった。
理解されない以上、反発を食うのは当然である。それゆえ彼らは失敗したのではないか。

このような社会構造になってしまった以上、これを壊して再構築するのは難しい。
というよりも、居心地がいいことを考えると壊すことはむしろ不可能であると思う。
であるのならば、この世代間の壁を乗り越えられる人こそが、本当の成功者になっていくように思われる。

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月の初めに考える 2006年6月

五月を振り返ってみると、共謀罪、教育基本法改正、国民投票法といった法案が通りそうということで、これにかなりの時間を費やしていた。
まあ、それはそれでかなり学ぶところもあり、収穫にはなったのだが、結局は3つとも審議継続となりそうである。

なぜこれらの法案が成立しなかったにはいろいろと理由が考えられるが、結局時間切れで審議継続となったところを見ると、一番の理由としては国会を延長しなかったということがあげられるのではないかと思う。

ということは、「風が吹けば桶屋が儲かる」なみの論理でいえば「プレスリーが日本を救った」といえるのではないだろうか。

小泉総理は、来月から予定している訪米において、大ファンであるプレスリーの生家を訪ねることが一番の楽しみであるといわれている。もし国会の延長ともなれば、その時間はなくなり、訪米の楽しみも半減してしまう。それゆえ国会の延長を指示しなかったらしい。

国会の閉会後には大激戦の自民党総裁選が待っている。このレースは大激戦だけに、ひとつでもミスをしてしまうと大きな痛手となってしまうので、各陣営とも国民から忌み嫌われているこの3つの法案には極力触れないようにするであろう。
であれば、誰が総理になっても、政権発足当初もこの法案に手をつけるわけにはいかない。

そうこうしているうちに参院選へと突入する。国民は前回の衆院選で勝ちすぎた自民党のおごりや出てきた小泉チルドレンの出来の悪さに嫌気が差していることから、自民党が勝つということはないであろう。

となれば、この3法案は棚上げ状態にさらされてしまう。
このように流れるのではないか。
(※あくまで「風が吹けば桶屋が儲かる」のように飛躍した論理です)

日本を救ったプレスリーの音楽をちゃんと聴いてみたい気もするが、小泉のように仕事をほったらかすようにはなってはいけないので聴いてはならないような気もする。

う~ん、悩むところだ(笑)

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