コラムニストになるために書く訓練をするのだ!!!

日々のニュースを私的視点から(なまくらですが)切り込む !! 1分ぐらいで読める分量を意識して書いています。 コメント欄で議論をしあえる場を作っていけたらなと思っています。

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ワールドカップとメディア

今日の深夜からワールドカップが始まる。
ロナウジーニョ、カカ、アドリアーノなどタレントがそろっていて、優勝候補最右翼のブラジル。
ランパード、ジェラード、ベッカムなど中盤が豊富なイングランド。
攻撃重視のオランダ、目立たないがかなりまとまっているアルゼンチン、開催国ドイツなど強豪国がどう戦うかかなり楽しみである。

それにしても、日本のメディアは前のトリノオリンピックから何も学んでないのだろうか。
まるで、日本の予選通過は当然であるかのように報道(報道と言うにはあまりにもお粗末であるが)している。
もちろん、私も期待はしているのだが、まあ正直なところ予選通過は難しいのではないかと思う。

ではなぜそのように報じるのか。
2月27日のブログ「トリノオリンピックのつたえかた」にも書いたが、もはや構造的な問題となってしまっているのだろう。
「やってくれるぞ」と言わなければ視聴者の関心を引かない。それゆえ、どんどんエスカレートしていく。視聴者もそれを受ける形でどんどん期待が高まる。期待の高まった視聴者をよりひきつけさせるには、さらにエスカレートさせるしかない。
つまり、市場原理を持ち込んだメディアはそうならざるをえないのである。

しかし、期待というプラス方向へのエスカレートはまだいい。それが裏切られた場合、バッシングがおこってそれで終わるからだ。問題はマイナス方向へのエスカレートだ。
不安をあおることはメディアの常套手段である。「危ないぞ」と言えばそこに人は関心を持つ。それゆえにメディアはエスカレートしていく。
だが、このエスカレートには終わりがない。どこまでも際限なく行きかねないのだ。

今の時代、電車にはテロリストがいるかもしれない。隣のおばさんは自分を殺すかもしれない。同級生だってキレて自分を刺すかもしれない。
このような情報があふれた世界の中で、それらを純粋に受け取ってしまった場合、社会に出ることや、そもそも家から出るのだって怖くなる。
私はこれが今の社会にニートや引きこもりを生んでいる気がする。

しかし、市場原理に従えばメディアはそうせざるをえない。村上ファンドやライブドアは市場原理の原理主義的な発言をしていたが、メディアは市場原理にはあわないということだけは確実である。
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テーマ:コラム - ジャンル:ニュース

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