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武士道がもてはやされる時代

ワールドカップでは、日本代表は惜しくもというか、予想通りというべきか、1次リーグ敗退に終わった。
これに対して、あるキャスターが「サムライ精神をもっと見せて欲しかった」と言っていたが、サムライ精神とは一体なんなのであろうか。

サッカーのみならず、対外国を意識するとき必ずなぜか「サムライ」という言葉が出てくる。
「サムライブルー2006」というのが今回のワールドカップで日本代表に使われたキャッチフレーズであったし、確か野球のWBCのときも使われていたように思う。
また、今年のベストセラー「国家の品格」でも、似たような言葉である「武士道」という精神を強く推奨している。

この「サムライ」という言葉から来るイメージは、清廉潔白、正義、勇気といったところであるが、本当のところはそんなにかっこいいものではないはずだ。
武士という言葉が出始めた平安時代から鎌倉時代にかけては、武士というと「野蛮なもの、なにをするかわからないもの」の代名詞であった。
鎌倉から室町時代になるころには、武士が支配階級になったおかげで、武士の地位は向上したが、軍記物を読んでもわかるように、奇襲、夜討ちなどはむしろ賞賛されており、決して清廉潔白というイメージではない。
戦国時代には下克上時代とも言われるように、油断をするほうが悪い、正義は後からついてくると考えるのが通常であり、今の武士道からは正反対にあるといってもいいだろう。
江戸時代の武士はといえば、これといった働き場所もなく、ただ農民からの年貢を食いつぶす集団的武装搾取集団であった。

このように、武士道なんていうものは、けっしてかっこいいものではないはずである。
であるにもかかわらず、このように持ち上げたがるのは、日本人の祖先の肯定と敬意にその根底があるのであろう。
どんな人でも祖先に敬意を払い、そして祖先のしたことを肯定的に捉えたいという気持ちがあり、それは私にも理解できる。
しかし、その気持ちがあまりにも大きすぎると、現実とは乖離していく。

今、第二次世界大戦に対する評価に対して中韓のみならず、アメリカやインドネシア、フィリピンからも眉をひそめられつつある。
これは、日本人が祖先に敬意を払い、肯定したいばかりに現実とは乖離したことを主張したがることにも一因があるであろう。

武士道がもてはやされる時代。
まさにそこに、日本人の捻じ曲がった現在への肯定が見て取れる。
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テーマ:コラム - ジャンル:ニュース

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