コラムニストになるために書く訓練をするのだ!!!

日々のニュースを私的視点から(なまくらですが)切り込む !! 1分ぐらいで読める分量を意識して書いています。 コメント欄で議論をしあえる場を作っていけたらなと思っています。

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亀田兄弟と日本社会

今週8月2日、亀田興毅選手が世界王座に挑戦する。

亀田選手の過去の戦績は11戦11勝(10KO)と文句のつけようもないものでありながら、マスコミやボクシング関係者から批判が絶えない。
「本当は弱い」「ゼニゲバ」など列挙すれば暇がないほどである。
批判されるのも、スターの証拠かもしれないが、松井やイチロー、中田などに比べてもあまりにも批判が大きすぎる。
それはなぜなのか。
やはりそれは「他人に対する敬意」があまりにかけているからに違いない。

格闘技などでは、試合前に相手をなじるのが当然のように行われている。
だが、試合が終われば、あのボブ・サップであっても相手に対して敬意を払うものである。
しかし亀田兄弟にはそれがない。
しかも、先輩である日本の過去の世界チャンピョンに対しても、軽視するような発言を行っている。
これでは、彼らの中にスポーツマンシップを感じることができない。
つまり、そこらのチンピラの喧嘩と同じような感覚を見ている人に与えてしまっているからであろう。

思えば、今年になって「儲けることが最大の美徳で人の道など知ったことではない」という2人が捕まった。それも、世論の後押しを受けた検察が動いた形だ。
そう考えれば、日本人が一番渇望しているのは、かつてのような「道徳のある社会」なのかもしれない。

亀田選手が負ければ、そのような世論が導火線となり、批判が一気に噴出すだろう。選手生命を奪いかねないほどに。
亀田選手は勝ち続けるしかない。
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夏休みの思い出

先週末から、学生は夏休みに入っただろう。
「夏休み」という言葉を聞くと私は、いまだにわくわくする気持ちと二度とそれを獲得し得ない喪失感という、相反する気持ちが折り重なり、なんともいえない気持ちになることが多い。
それはやはり、夏休みが楽しかったからに違いない。
今思い出しても、夏休みは楽しかった。

まず一番の難敵である宿題は、絵画や自由研究などを除き、友達同士で分けられるものは10人くらいで手分けしてやっていた。だから7月末くらいにはほとんど宿題は終わって、あとは川やプールで泳ぐのが毎日の日課だった。
特に、バーベキューをやったり、花火大会があったり、遊園地でやっているような夏休みイベントに行くということはなかったが、それでも毎日が楽しかった。

今考えると、子供のころの思い出といえば、自分で積極的に動いて、考えてやったものばかりが思い出として残っている。家族で海や遊園地に行ったこともあるが、ほとんど覚えていない。
しかし、子供の思い出とはそういうものではないだろうか。

現在40代の人の思い出の中にある夏休みを聞いた場合、大抵、大阪万博が出てくる。
ところが、実際万博で経験したことを聞くと、ほとんどの人が並んでばかりだったということを言う。これは、はためから見ると、有意義な経験だったとは言いにくい。
だが彼らにとっては、それが一番の夏の思い出となっている。
それはやはり、当時の少年誌やテレビなどで、盛んに万博が喧伝され、それによって自ら研究し、そしてどうしてもこの目で見てみたいと思っていったからに違いない。

今夏も、子供心をくすぐるようなイベントが各地で行われている。
だが、当の子供はそれに連れて行ってもらったからといって、大人になった時、いい思い出として話すかと言えば、そうは言い切れないのではないかと思う。

子供に思い出を作ってあげるというのは、単なる親の傲慢だけではないだろうか?

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傍若無人のイスラエル

イスラエルがパレスチナのガザに続き、レバノンへの攻撃に踏み切った。
事の発端は、パレスチナのハマス軍事部門がイスラエル兵1人を拉致したことに呼応して、レバノンの公認政党であるヒスボラがイスラエル兵2人を拉致したことにある。
これだけを見れば、ハマスやヒスボラが悪いということになりかねないが、実のところそうとは言い切れない。

パレスチナでは、イスラエルに対し抗戦を訴えるハマスが政権を取って以来、イスラエルと国際社会による経済制裁の「兵糧攻め」に遭い、政権が崩壊寸前、住民も飢餓の窮地にある。そんな中、打開策としてイスラエル兵士を拉致したのである。また、その拉致もイスラエルに収監中のアラブ人の捕虜との交換を目的としたものである。

また上記は、新聞などにあわせ、イスラエル兵士を「拉致」、アラブ人を「捕虜」としたが、兵士を拘束したところで拉致となるのだろうか。一方で、イスラエルにとっては危険人物であるかもしれないが、パレスチナ社会では一般人であるものを拘束することは「捕虜」と区別する理由はどこにあるのだろうか。

そして、この「拉致」事件を名目に、圧倒的軍事力を持つイスラエルが市民もろともベイルートなどに空爆を行っているのである。この戦闘により、レバノン川の死者は、19日段階で300人以上。その9割以上が民間人であるという。

このような行為をしているイスラエルのどこに正義があるというのだろうか。
市民ばかりを殺して、兵士が奪還できるとでも言うのだろうか。

一方で、ヒスボラが関係の深いイラン、シリアへ拉致兵士を引き渡す可能性も考えられる。そうなれば、戦火はますます拡大し、中東戦争に発展する危険もはらんでいる。
シリア、イランまで参戦するとなれば、アメリカも黙ってみているわけにはいかない
そうなれば、イラクで仕事の終わった陸自が、また呼び出される可能性もある。

日本にとっても、決して対岸の火事ではないのだ。
であるのに、日本では今、北朝鮮ばかりに気が向いている。
何も知らされないうちに、不正義を見逃し、不正義に加担する戦争を行う。
日本国憲法の言う「平和を愛する諸国民の公正と信義」とはこんなものだったのか。
そうではないはずだ。

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天気予想!?

今日はちょっとした愚痴。

昨日の段階で、東京の17日の天気は一日中くもり、降水確率は30パーセントと書いてあったので、たまっていた洗濯物を昨日のうちに干しておいたんだけど、今日の午後から、大雨。本当にいやになる。
ついでに、傘を忘れていたもんだから、風邪をひきそうになる始末。

おいおい、天気予報はここ20年なんの進化もしてないどころか、なんだか後退しているよう。
それでいいのか気象庁。

それに対する言い訳は、「昨今の異常気象により、予報が立てづらくなったから」というもの。
う~ん、われわれが引き起こしている地球温暖化により、予報が立てづらくなったといわれれば、黙ってしまうしかないな・・・

気象庁のまとめた「天気予報に関するアンケート」では、天気予報の満足度が7割を切っているという結果が出たが、これを多いと見るか少ないと見るかはその人の満足度によるだろう。

ただ、天気を予め報じるとしているだけに、こんなにはずすのはいただけないかと、個人的には思っている。
天気予想や、お天気占いなら気にならないんだけれども・・・

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2006年上半期の新語

今年、上半期で最もヒットしたものの一つにYouTubeがあげられるだろう。

このYouTubeはユーザーがアップロードした動画をFlash形式で公開できるサイトで、昨年2月にオープンした。公開されている動画は、ホームビデオからプロの作品までさまざま。音楽プロモーションビデオやテレビ番組、アニメなどの人気が高いが、著作者に無断でアップロードされたとみられるコンテンツが多く、日本のものも数多い。

私も昨年8月くらいから、ニュースの確認、アメリカやイスラム武装グループが公開したビデオの検索にと、結構利用している。映像の場合、文字と異なり、そもそもインターネットで公開していることも少なく、また検索も非常に不便である。であるので、このようなプラットフォームが非常に便利であるというのは言うまでもない。

一方で問題なのは、著作権の侵害である。いかにして著作権を守るか、これはネットの開戦が太くなればなるほど、深刻な問題になっている。

しかし、映像に関しては完全に映像保有者側の怠慢であるとしか言いようがない。
ドラマやアニメはまだレンタルビデオ屋に行けば探すことができる。
しかし、ニュースやドキュメンタリー、歴史的瞬間の映像などは、ほとんど手にできないのが実情である。一度放送してしまえば、倉庫の中というのがお決まりのパターンである。
このような状況では、YouTubeを責めたところで、第2、第3のYouTubeがでてくるのは火を見るより明らかである。
ここはできるだけ安価な、そしてテレビ局ごととかではなく、プラットフォーム的なものを作る必要があると思われる。

と、まあわかりきったことを、たらたらと述べてみたが、やはり今のネット上の映像コンテンツにおいて、YouTubeを勝るものはないだろう。GYAOだろうが第2日本テレビだろうが足元にも及ばない。それは、日本のみならずアメリカも含めて、テレビでやったすごい映像、おもしろい映像を集めているからである。
しかも無料。
これを超えるのは、相当てこずるはずである。



ちなみに音楽なども簡単に見つけることができる。
私が好きなこんなマイナーな歌でも・・・

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平成の治安維持法2

こんなことはSF小説の中だけだろうと思っていたことが、現実になりそうである。

総務省は10日、インターネットのホームページや掲示板にプライバシーを侵害したり、誹謗、中傷の書き込みをされた被害者が、発信者を突き止めやすくするための環境整備を進めることを明らかにした。これを受け、今秋中にも業界団体が指針をまとめることになったという。

このことは、先月30日の段階でasahi.comで報じられていたので、ある程度はわかっていたが、まさかこれほど早く本格的な動きになるとは思いもしなかった。

では、それほどまでにインターネットの言論を取り締まる必要性が大きいのかといえば、これはクエスチョンマークがつく。
そもそも、インターネットに出ている情報、特に匿名のホームページやブログ、それに掲示板の書き込みなんて、ほとんど信用しうるに足るものでないことくらい誰もが知っている。
それに、名誉毀損やプライバシーの侵害については、平成14年5月に施行された「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」において一定の対応がなされている。
これは、今回問題を提起した「インターネット上の違法・有害情報への対応に関する研究会」の報告書において(報告書のPDF)も4~5頁においても報告されている。

では、なぜこのような動きになっているのか。
はっきり一言で言うと、「言論統制をしたいから」これに限るであろう。
それは、この報告書の23頁においてはっきりしている。
ここは大事であるから抜粋しておく。

具体的には、違法情報の例示及び判断基準を提示するとともに、警察等、社会的法益を侵害する違法情報について法令の解釈及び具体的事案における適用に関して専門的知見を有する機関からの送信防止措置依頼に対して、電子掲示板の管理者等が対応手順等を参照できる違法情報への対応ガイドラインを策定し、電子掲示板の管理者等による送信防止措置を支援することが考えられる。

つまり、「警察」からの「送信防止措置依頼」に対して「ガイドラインを策定し」、「支援」すると言うのだ。つまり、警察がこの発言はダメだといえば、表現できなくなる状況に陥るといっても過言ではない。
この状況、われわれは歴史で学んで知っていますよね。
治安維持法時にいろんな講演に警察が眼を見張らせていて、ちょっとでも都合の悪い発言が出ると強制的に講演をやめさせる。まさに、それとうりふたつじゃないですか。

総務省はこのことについて7月21日までの間,意見を募集しているという。こちらのページ
現実社会に対して共謀罪、バーチャル社会に対してこの指針。
この2つで、平成の治安維持法は完全体となる。

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ワールドカップとメディアと視聴者

ワールドカップはイタリアの優勝に終わった。
私としては、イタリア、フランスともに優勝には程遠く、もしかしたら一次リーグ敗退もあるかも知れないと思っていた。今になってみると、そんな私のサッカーの見識で、とやかく言っていたことを恥ずかしく思うとともに、「にわかサッカーファン」と言われても仕方ないなと苦笑いをしている。

ところで、今回のワールドカップでは、よくスポーツイベントなどで耳にする言葉「感動をありがとう!」という言葉がテレビをはじめ、各マスコミからほとんど出てこなかった。これはやはり、日本があのような悲惨な結果に終わったことが最大の原因だろう。
代わりによく耳にした言葉といえば、「寝不足」「眠い目をこすって」など、夜中でもサッカーを見ている人が多いということを強調する言葉である。これは、テレビ各局が、そういう人が多いということ示唆することによって、視聴者に「見なければ話題から外れる」と思わせるという一面は否定できない。

だが本当に、このような理由だけでマスコミは言葉を使ったり、使わなかったりしているのだろうか。
私は、前々からマスコミ批判をしているが、実はマスコミはただ視聴者の要求に従っているだけだろうなとも思っている。北朝鮮問題をあおるのも、イラクについてほとんど報道しないのも、視聴者がみたいから、見たくないからというところに落ち着く。つまり、マスコミが市場経済原理のもとにある以上、このようになってしまうのは仕方のないことだと思っている。

このように、メディアは視聴者の要求にしたがっているとするならば、視聴者は感動という意識の部分や、寝不足をこらえてテレビを見るといった行動までメディアに求めていることになる。
これについては、「私はそうではない。むしろ、あのような言葉は腹が立つ部類である」という方はたくさんいるだろう。私も実際そうである。
だが、総体として求めているのではと私は考えている。

その理由としてひとつに、いじめの問題があると思う。
私たち以前の世代は、いじめはその子の弱さや家庭環境から引き起こされていたという実体験を持つ人が多いだろう。
だが、私たちの世代くらいのいじめ、つまり90年代のいじめというのは、いわゆる下克上のいじめである。目立つ行動をしたものは、たとえ今までいじめていた側であっても、いじめられる側になってしまう。
であるなら、そうならないためにも必死に目立たない行動を取る。そのためにも、何らかの指針が必要であった。それは、時にはクラス全体の空気であったり、先生の見解であったりした。
このように全体から外れないことになれてしまい、社会にでたとしても全体を確かめたいという意識が働いているのではと考える。
「世界に一つだけの花」がはやったのも、そういう全体を常に意識せねばならないと思いながらも、それを窮屈に思う意識の現われではないかと思う。

それを敏感に感じ取ったメディアが満たしてあげようとしているだけなのだ。

だがこれを今、国家が拾い上げようとしている。
このことは、愛国心論争などを見ても明らかである。
その先は言うまでもなく・・・

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北朝鮮のミサイルが飛んでくる可能性

前回、北朝鮮のミサイル発射について書いたところ、予想以上にメールなどで批判を頂いたので、前回書ききれなかったところを付け足そうと思う。

前回、私は「日本は危なくない」という風に書いたが、確かにこれは極端すぎたと自分でも反省している。
ただ、可能性として、日本が攻撃されることを考えてみるとする。
本当に北朝鮮が日本に宣戦布告という形でミサイルを飛ばしてくるだろうか?
私はその可能性はきわめて低いと考えている。
なぜなら、北朝鮮という国はGDPも船橋市くらいしかない。つまり、戦争を継続していく能力がないというのに等しいのだ。継続できない戦争。それは最初から負けるとわかっている戦争ということだ。
それを、あの金正日が命をかけてまでやるとは到底考えられない。

むしろ、私が最も日本が攻撃される可能性として一番高いと思うのは、アメリカが北朝鮮を攻撃したことにより、北朝鮮がやけくそになって日本に向けてミサイルを撃つというシナリオである。

ここで一つ考えねばならないことがある。なぜアメリカはイラクを攻めたかということだ。
その理由は2つあるといわれていた。1つは大量破壊兵器の存在。もう1つはテログループを支援しているという事であった。しかし、これは大義だけであり、実質はイラクの石油を求めてということは誰もが否定しないことであろう。

北朝鮮に話を戻す。なぜアメリカは北朝鮮を攻めないのか。
攻めるための大義は十分にある。核開発を宣言しており、イラク時の生物、化学兵器よりも十分な理由となりうる。
また、組織的に偽ドルを作っていることは、アメリカ経済に対する挑戦であり、テログループよりもアメリカにとっては憎い相手かもしれない。
しかし、イラクにおける石油のような利益がない。たとえ北朝鮮を占領し、そこに資本主義社会を形成したとしても、アメリカにとってたいした利益にならないことは明白なのだ。
だから、北朝鮮を攻めないのだ。

しかし、1つだけアメリカにとっての利益を生み出す方法がある。
それは、日本の武装化である。
日本が武装化するということは、つまりはアメリカから武器を輸入するということである。
その輸入量は、危機感をあおればあおるほど大きくなるのは明白である。
ましてや、戦争ともなれば、今の状況だと日本も前線に出るという選択肢をとる以外なくなってしまうだろうから、その額は計り知れないほどになり、アメリカの武器産業もかつてない好景気になるのは明白である。

だからこそ、私は「日本の危機はない」とまで言って、冷静になることを求めているのである。
メディアが無邪気に「危ない、危ない」というほど、アメリカがほくそえんでいるのが見えてくる。

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北朝鮮ミサイル発射を考える

北朝鮮は、5日午前3時30分過ぎから8時過ぎにかけて、計6発の弾道ミサイルを発射した。

これに対し、日本では北朝鮮に対して「なにをするかわからない国」というイメージが余計に強まっただろう。
しかし、北朝鮮における理由というのは確かにあるわけで、まずそこらあたりから北朝鮮のことを考えたいと思う。

北朝鮮が今回「暴発」した理由。それは大まかに分けて、3段階の過程を踏んでいったものと考えられる。
まず、第1段階。
これはなんといっても、昨年8月の第4回六カ国協議以降、マカオの銀行バンコ・デルタ・アジアに対して、アメリカが金融制裁を行ったことが挙げられるであろう。
これがいかに北朝鮮にとって厳しいものだったかは、同じ年の11月、第5回六カ国協議で、北朝鮮の首席代表、金桂冠(キム・ゲガン)外務次官が、「金融は国家の血管と同じだ」と色をなして批判したことから推測しうる。また、それ以降六カ国協議を再開してないことからも、このマカオ資金が、いかに北朝鮮内で大きな比重を持っていたかが窺い知ることができる。

次に第2段階として、北朝鮮は米偵察衛星に見せ付けることを目的とした、テポドン発射の動きを行ったことが挙げられる。
これは、どのようにアプローチをしてもアメリカが金融制裁を解除しないことから、最終カードである軍事のカードをテーブルの上に出し、どうにか動揺を誘おうというのが、実情であったと思われる。

だが、この交渉術は北朝鮮の常套手段であったことから、まったく相手にされなかった。
であったので、第3段階としてアメリカの独立記念日に、アメリカに向けてテポドンの実験を行おうとなったのではないか。

つまり、すべてアメリカに対する行動であって、日本など、もともと気にしていない行動といえる。これに対して、日本で危ない、危ないというのは完全に別の意識が働いているとしかいえないだろう。
これに対して、「ノドンも実験されたじゃないか」というような反論をされる方もいると思う。
しかし、ノドンは単なるおまけであるといわざるを得ない。
どうせ非難されるなら、実験結果を得てさらに進化、または実験結果とともに他国への売却ということも考えられる。金融制裁によって、外貨がまったく入らない状態であるならなおさらである。
これは、その発射方向がテポドン2と同じ方向であったことからも明らかである。

これによって、北朝鮮が今にも攻めてくるかもなどと言う政治家がいたら、ただ単に馬鹿なだけか、それとも日本を軍事大国にしたいという思想の持ち主のどちらかであろう。

   発射北朝鮮から発射されたミサイル

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7月8日シンポジウム告知

7・8 シンポジウム「映像で見る戦争の歴史」

企画意図
ニュースやドキュメンタリーなどの映像で近代の戦争の変遷をたどりながら、戦争の形(主体、使用兵器など)がどのように変化してきたのかを検証。その視点を踏まえた上で、武力行使を克服する新しい平和主義のあり方を議論、模索する試みです。

呼びかけ人
姜尚中(東京大学)、林香里(東京大学)、吉田司(ノンフィクション作家)吉岡忍(作家)、野中章弘(ジャーナリスト)

主催
「主権在民!共同アピールの会/研究者の会」
 HP:http://www.shukenzaimin.net/index.html

日時
2006年7月8日(土) 13時30分~17時

資料代
500円

構成
13時 開場
13時30分~14時40分 基調報告
<映像による戦争の検証>
「戦争はどのように変わってきたのか~正戦と聖戦の狭間」
野中章弘(ジャーナリスト)
14時40分~15時 休憩
15時~16時50分 シンポジウム
「古い戦争観を壊し、新しい平和主義の構築へ」
姜尚中(東京大学)、林香里(東京大学)、 吉岡忍(作家)、阿部浩己(神奈川大学/予定)、 吉田司(ノンフィクション作家)、野中章弘(ジャーナリスト)他
※「主権在民!共同アピールの会/研究者の会」は、日本国憲法や安全保障などについて思考を深め、戦後60年の日本のあり方と将来を考えようと発足させたものです。

場所
東京大学経済学研究科棟B1
(本郷・赤門より徒歩1分。地下鉄・丸の内線/大江戸線「本郷3丁目」駅から徒歩7分)

        赤門


問い合わせ
03-5465-6605 アジアプレス 中川
(都合により、出席者が変更になる場合もあります。あらかじめご了承ください)


戦争というと、われわれ日本人のイメージでは、いまだに第二次世界大戦中の歩いての移動、空腹、略奪というイメージがあるが、もはやそのイメージでは戦争というものはとらえきれません。
新たな平和への道を模索するためにも、古い戦争観を壊す必要があるということで、このシンポジウムをすることになりました。
映像もありますので、見るものとしても楽しくしております。
是非、皆様のご参加をお待ちしています。

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月の初めに考える 2006年7月

6月を振り返ってみると、W杯観戦で寝不足だったという方も多いのではないだろうか。
かく言う私も、決勝トーナメントになってからはすべての試合を見ており、寝不足気味である。特に、準々決勝4試合はすべて手に汗握る展開で、これぞワールドクラスのサッカーというのを味わえ、眠いながらも満足な毎日である。

サッカーを見ていると、選手交代が非常に大切なことがわかる。
サッカーは試合中、3回しか選手交代できない。しかし、攻める数を増やすこと、守る数を増やすこと、流れをきること、戦術を変えることなど、選手交代がもたらす効果は大きい。それだけに、いかに代替選手が優れているかということが大切になってくる。しかも、サッカーはボディーコンタクトのあるスポーツであるので、怪我も多く、より代替選手の役割が大きくなってくる。

だが、よくよく考えてみると代替手段が必要なのはサッカーに限ったことではない。
野球だって、代替選手に難のある、日本の某球団は8連敗の後に10連敗をし、ペナントレースから脱落していった。
また、投資でも「アセット・アロケーション(資産配分)」をするのは、リスクを軽減するためには当然の方法であると考えられている。
営業においても、第1案のほかに第2案を持っていくのは、通常どこの営業部でもやっていることである。

このように、代替手段は、どの社会でも必要であり、用意されるべきものである。
にもかかわらず、日本の外交面ではまったく代替手段を作ろうとしていない。それどころか、米国一国とのつながりに終始し、ほかとのつながりを全部捨ててしまっているようである。

一方で世界は、群雄が割拠する多極化がすすんできている。
EUはトルコが加入し、イスラムの文化が入ることにより、独自の方向性を持ってくるだろう。
中国、ロシアを中心とした上海協力機構は中央アジアから、インド、パキスタン、イランにまで勢力を拡大しようとしている。
ASEANはより、より経済的発展を図るために、東アジア共同体として新たに組織を作り変えようとしている。
また、国ごとに見ても、今年初めにボリビアで反米政権が誕生した。ペルーでも6月の大統領選決選投票では敗れたものの、第1回投票では反米候補がトップだった。

確実に、冷戦構造崩壊後に訪れた、アメリカ一極支配構造が変化しようとしていることがわかる。
この中で、日本はアメリカ一辺倒でよい訳がない。

小泉首相は、共同声明の最後に、プレスリーの曲をもじって「ラブ・ミー・テンダー」と言った。
代替手段も持たず、ただアメリカにやさしく抱かれていることを望んでいるという意味では、これこそが本音だったのではないだろうか。
だが、代替手段をもたない国は、サッカー同様、応用が利かず生き抜いていくことはできない。
ぜひとも、ポスト小泉にはと期待したいが、候補者があれでは・・・

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