コラムニストになるために書く訓練をするのだ!!!

日々のニュースを私的視点から(なまくらですが)切り込む !! 1分ぐらいで読める分量を意識して書いています。 コメント欄で議論をしあえる場を作っていけたらなと思っています。

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夏休み明け

更新が滞ってしまいまして、申し訳ありませんでした。
夏休みをもらって、いろいろと取材に行ってきました。
靖国や自衛隊基地など、またおいおい書いていけたらと思っています。

それにしても今年の甲子園は久しぶりに盛り上がった。
帝京、智弁和歌山の戦いもすごかったし、なんと言っても決勝の引き分け再試合には、見ているこっちが鳥肌がたってくるほどであった。

しかし、その後のマスコミの対応といったら・・・
優勝投手を「ハンカチ王子」と追いまわし、家族構成や家庭環境まで徹底的に報道する。しまいには、ハンカチのメーカーまで調べだすという有様。
ちょうど、アメリカでジョン・ベネ事件の容疑者が新たに浮かび上がり、両親に疑惑をかけたアメリカでの報道被害を「このようなことはあってはなりません。われわれも身を引き締めなければ」といったそのすぐ後で、こんなことをやっているのだから、本当にあいた口がふさがらない。

今朝のテレビもひどいものであった。
いつも、私はスポーツクラブで各局の8時のワイドショーのトップニュースを見るようにしている。そして、BSで同じ時間に放送されている、外国メディアのトップニュースと比べることにしている。
今朝の、外国メディアのトップニュースは、いずれもイランへの核開発停止勧告に対する、イランの回答を取り扱っていた。
一方、日本のテレビ局はいずれも「冥王星が太陽系からはずれる」ということをトップとして取り扱っていた。それによる影響として占星学の占い師が困るだとか、漫画「宇宙戦艦ヤマト」の設定がわかりづらくなるなど、こんなどうでもいいことを延々と続けていた。
確かにワイドショーということもあるだろうが、それを差し引いてもあまりにもひどすぎるのではないだろうか。

若者が「自分以外はバカ」と思うようになったというのは、私自身の実感としてもそう思う。
横のつながり(同世代だけでつながる)ばかりになった現在では、若者が最も大人の世界と接する機会、それはテレビを通じてであろう。
その大人の世界で、こんなにも劣化が激しくなっているのであるから、大人はバカだと思うようになっても致し方ないことなのだろう・・・
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コミケ取材記

13日、コミックマーケット(通称コミケ)を取材をしてきた。

コミケは夏冬の年2回のイベントなのだが、今回の第70回のコミケでは延べ人数にして50万人という人たちが集まったというのだ。
あの8月15日の靖国神社でさえ、20万人弱といわれているのだから、その数たるやとんでもないものがある。
しかも、行ってみてはじめてわかったことなのだが、開始から終了までずっといるという人が少なくない。このパワーはどこに所以するのだろうかと思ったほどである。

会場は東京・有明の東京ビッグサイト
私もりんかい線の始発に乗っていったのだが、こんなに混んでいる始発に乗るのは初めての経験である。
なんとも風変わりで楽しくもある。

会場についたころには、早くも大勢の会場待ちの人がいる。
手元にはニンテンドーDSをもっている人が目立つ。
話を聞いてみたところ、このように何かを持ってくるのは当然のようである。
しかも、カタログを買わずに入場しようとしていることに対して、きついおしかりを受けてしまう始末。なんとも・・・

開場とともにお目当てのサークルのブースへダッシュする人々。
その雰囲気に呑まれて、何の目的地もないわたしもダッシュ。しないと、ほかの人にも迷惑だし・・・。

その後、2時間ほど会場を見て回ってから、座っている人たちに話を聞いてみる。
「~万円分買ってしまった」「これが今日の目的でした」などと戦利品(?)を見せてくれるその目は、輝いている。

会場内の構成比は男女約半々といったところ。ただ一般客は男性のほうが多く、サークルなどの参加者は女性が多い感じである。

一通り、同人誌のほうは見終わってから、コスプレイベント会場に行ってみる。
コスプレ会場も人が多く、カメラで撮るほうと撮られるほうともにほんわかとしていて、日ごろの殺伐とした取材者どうしの争い、取材対象者との関係とは程遠く、なんだかあったかい気持ちになってくる。
しかし、ほとんど何のコスプレをしているのかわからない・・・。う~ん、勉強不足
コスプレをしているのは、8割女性といったところで、夏だということもあり結構きわどい格好をしている子も多い。

その後、企業ブースに行ってみたが、人も多く、またほとんどなにがなんだかわからなかったこともあり、すぐに出る。

なんにしても、コミケに行ってみて本当によかったとおもう。
彼らには純粋さが満ち溢れている。安保闘争などをやっていた人たちも純粋であったと聞く。
若者たちは、純粋に何かにかける力はいまだにあるのである。
評論家たちが言う、「無気力な若者」ではない姿がここにはあった。

IMGP0203.jpg会場は人であふれかえっていた


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8月15日イベント紹介

[女の時代といわれるけれど、私たち生きやすくなったわけ?]
  ~さまざまな年代の女たちが語る、ラブ&セックス……~

 均等法で、女性の可能性が広がったように見えるけど、
 だれもが可能性に挑戦し、輝かなくちゃいけないという症候群に陥っていない?
 性が解放されたというけれど、心から謳歌しているんだろうか。
 女の時代ともてはやされるけれど、
 みんながどこかで不安を抱え、変わらなきゃいけないとあせってる気がする。
 それなら、私たちはどんな時代を生きてきて、取り囲む空気はどう変わったのか、

 50年代から80年代生まれまで、さまざまな年代の女性たちで、
 愛や恋、結婚、セックス、心に残った歌からドラマから、
 依存症、うつ病、そしてせーりまで、
 おしゃべりしながら振り返ってみようという企画です。

 ●場所  ネイキッドロフト http://www.loft-prj.co.jp/naked/

 ●日時  8月15日(火) 18時30分開場  19時30分~

 ●料金  チャージ1000円プラス1ドリンク

 ●出演者
  衿野未矢(作家)
  神林広恵(噂の真相、元デスク)
  島村麻里(作家)
  高崎真規子(フリーライター)
  谷口愛(編集者)
  名村さえ(週刊文春記者)
  宮川直美(編集者)
  山本恵子(NHK首都圏部記者)

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ゲームの影響力

今日はちょっといつもと雰囲気を変えて、ゲームの話。

ゲームをしている人に対してよく使われる言葉
「ゲームは、し終わった後、結局何も残らないんだよね」
はたしてそうだろうか。

現在20代から30代にかけて、誰もが耳にしたことがあり、かつ当時を思い出すことができる音楽というのは、当時ヒットした、光GENJIや細川たかしの曲ではなく、スーパーマリオの音楽であり、ドラゴンクエストのオープニングであると思う。
であるならば、何も残らないというのは、ゲームに対して失礼な物言いではないだろうか?

しかも、ゲームはそれぞれに物語とその世界観を持っており、ドラゴンクエストやファイナルファンタジーなどは、最も子供たちに読まれた小説といっても過言ではない。
この影響力を考えずして、現代社会の若者を読み解こうとしても無理なのではないかとも思える。

今年のベストセラーで「他人を見下す若者たち」(速水敏彦著)という本では、主に現在の若者に対して分析をしている。
しかし、なぜそのようになったかについてはあまりかかれていない。
もちろんゲームがすべてとは決して言わない。
しかし、ゲームという主要ファクターがあるのも事実ではないだろうか。
われわれはゲームの中で、自らが主人公となって(時には主人公に自分の名前をつけて)、冒険し、苦難に打ち勝ちながら、悪を倒しみんなから尊敬される。
そのようなことを繰り返し、繰り返しやって育ってきているのだ。
それも、多感な少年期に。

それが悪いかどうかはまた別の話である。
それによって才能を開花させたものもいるだろうから、一概に悪いとは言えないと、私は思っているが・・・。

ゲームはなにかと批判される。
一時期はゲーム脳などといわれて、ゲームをすれば馬鹿になるとさえ言われた。
だが、現在の日本でゲームをして育ってきている層がかなり増えていることは事実である。
批判とともに、ゲームの持つ影響力を見過ごしていては、現代社会を見誤るのではないかと思う。

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原爆の日に考えたこと

被害者の立場というのは、利用しようとすれば、これほど有用なものがないほどのものであろう。
「私たちはかわいそうだったんだ。」「相手はこんなにもひどいことをしたんだ。」と言い続け、その役に撤すれば、ある程度の無理が通るからである。

日本は第2次世界大戦では、アジア諸国への侵略という「加害者」という立場と、その後のガダルカナル島での玉砕、アッツ・キスカでの全滅、沖縄戦、本土空爆といった「被害者」という立場を持っている。
そして、その「被害者」としての立場の象徴といえば、やはり8月6日の広島、8月9日の長崎における原爆投下であろう。

原爆における物語や絵画、詩などは日本では広く浸透している。
これはやはり、被害者という暖かい毛布の中に日本人が最もうずくまれるから、あれだけの好評を得るのではないだろうか。

これと同じ構造なのが、拉致被害者や犯罪被害者である。
「その人の気持ちになってみると・・・」や「このようなことは許せない」などとよく言われるが、私から言ってしまえば、こんなものは「被害者」の立場を自分たちも共有したいという心理に他ならないのである。

一方で、日本には第2次世界大戦における「加害者」という立場もある。
これにより、中韓から「戦争を反省していない」などと、何かにつけて批判されている。
これに対して「日本は戦後60年戦争に加担せず、常に平和を求めてきた。であるのに、反省していないとは言いがかりではないか」などといった反論もよくなされているが、なんてことはない、ただ中韓も「被害者」という暖かい毛布から抜け出ていないだけなのである。

要するに日本も中国韓国も暖かい布団から出たくないだけなのだ。
であるのに、日本においては「もうそろそろ、戦争の話はやめて建設的な話をしよう」と嫌韓流などで言われるような論調が強くなっている。よく言うよと思う。そういう人に限って、拉致被害者や犯罪被害者を持ち上げ、被害者としての感情を国民に押し付けているくせに。

ただ、直接の被害者については、被害者の立場を主張する権利も義務もあると思う。
だが、それを利用しようとするものがいる限り、こういう主張には共感をいだくべきではないと思う。

そういえば、もっぱら次の総理と噂のあの人も、拉致被害者における北朝鮮への対応で一躍名を上げ、一方で中韓の主張にはことごとく耳を傾けていない。
この人を叩くつもりは毛頭なかったんだけれども、そんな論旨になってしまったなあ・・・

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ミサイル防衛は可能なのか

ミサイル防衛なんて夢物語でしかないんではないだろうか。
特に、日本においては。

北朝鮮が7月5日に発射した長距離弾道ミサイル「テポドン2」が打ち上げ直後に爆発し、数十キロ程度しか飛ばずに落下していたことが分かった。
防衛庁はこれまで500―600キロ飛んで日本海北部に着弾したと推定していたので、とんでもない誤差を生じていたことになる。
しかも、これがわかったのが7月30日になってから、つまり、3週間以上この調査をやって、やっと着弾点を割り出すことができるという、現在のミサイル確認技術の低さを表してしまっている。
これでは、ミサイル防衛なんて、無理としか言いようがないのではないだろうか。

これに対して、もう少し弾道が飛行していれば、正確な確認しえたという反論があるであろうが、ではどれだけ飛行すればミサイルで打ち落とせるほど確実に確認しえるのか聞きたい。
そもそも、北朝鮮と日本までの距離的関係からすれば、北朝鮮がテポドン、ノドンを撃ってから、数分で日本に着弾する。確認してから、総理なり防衛庁長官に許可をもらい、迎撃ミサイルを撃つというタイムラグを考えれば、撃った瞬間弾道をきちんと把握できなければ、ミサイル防衛システムなどただの張子の虎としか言いようがないだろう。

そもそも、ミサイル防衛システムはアメリカ主導で進められていたところに、日本が相乗りした形である。相乗りしたと言えば、共同で進められているというように聞こえると思うが、しかし実態は、アメリカ主導は変わらず、日本はお金だけ負担するという、いつもの日米の関係と変わらない構造にある。
そんな中で、アメリカが自国のためにミサイル防衛を進めていることはわかりきったことである。つまり、北朝鮮や中国から撃たれたミサイルに対して、迎撃することを念頭に考えているのだ。時間にして、15分以上。それを基準に制作しているものが、どうして数分で届いてしまう日本において稼動できると考えられるだろうか。

わかりやすい例をここで出してみる。兄が弟に対して、「お年玉でゲームソフトを買うんだけれども、半分ずつお金を出し合わないか」と提案して、うまく弟を丸め込んでゲームを買ったとする。しかし、そのゲームは実際には難しいゲームで、弟の年齢では対応できないものであった。でも、弟はお金を出したんだから何とかそのゲームをしてみようとするができない。
この状況によく似ているのである。
この場合は、弟がなれることもあったり、年齢が上がれば対応できることもあるのでまだ救いがあるが、日本のミサイル防衛ではそんな見通しが立たないのが現状である。
しかも、兄が自分勝手なアメリカであるということも問題である。
あの兄ならば、自分が満足(自領土を完全に防衛)できれば、お金を出してくれた弟のことなんてまったく考えず、次の行動をしてしまう可能性が高い。

日本に残された道は、最悪の選択肢である先制攻撃か、話し合いによる解決しかない。

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月の初めに考える 2006年8月

7月を振り返って、われわれに最も大きな衝撃を与えたニュースというのは、やはり北朝鮮のミサイル発射であっただろう。
このミサイル発射のニュースは、思わぬほうへ飛び火している。
大阪など在日の人が多い地区では、ミサイル発射によって在日の子が暴力を受けるということも発生し、また積水名刺問題もこの時期だから起こったといえるかもしれない。

しかし、前々からこのページで言っているように、騒ぎすぎというふうに思う。

横浜国立大学の中西準子教授は環境を考えるときに、危険性(リスク)と毒性(ハザード)についてそれぞれ考え、総合的に判断すべきと言っている。
アスベストはものすごい毒性を持っているが、ほとんど人体に入るような機会は無いので、その危険度は小さいといっている。
この視点は、ニュースを見る上でも当てはまるのではないだろうか。

これを北朝鮮に当てはめれば、確かに毒性は強い。ただ、それを撃ってくるかといえばほとんど可能性としてはない。であるならば、その危険度は小さいだろう。

※私個人的には、社会は人が形成している以上、これに人的行為による指数つまり不可避性というものをつけくわえてはと思っている。これらをすべて数値化し、

危険性×毒性×不可避性=危険度

という数式にして表せられれば、すべての問題を一列に並べ、なにが一番問題なのかということが一目でわかるようになると考えている。そのための数値を算定する手段を考えている次第である。

毒性だけを見て、危ないぞと騒ぎ立てたがるのがマスコミの常である。
それに乗らないためにも、こういう形でニュースを見てみてはどうだろうか。

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