コラムニストになるために書く訓練をするのだ!!!

日々のニュースを私的視点から(なまくらですが)切り込む !! 1分ぐらいで読める分量を意識して書いています。 コメント欄で議論をしあえる場を作っていけたらなと思っています。

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医療改革法案に思う

先日来から右耳の調子が悪くなって、耳鼻科に行ってみた。時折悪くなるいわば持病のようなものだったので、病名はある程度わかっていたが外耳炎と中耳炎の併発というのは初めてで、だんだん悪化してきているようである。

それにしても都会は便利である。この治療のために耳鼻科を探そうとインターネットで探してみたのだが、住まいの最寄り駅周辺だけでも4つも耳鼻科があるのである。これならば、少し痛くなっただけでもすぐに病院に行こうと思うだろう。
一方、今まで住んでいた田舎はというと耳鼻科は町内にはなく、別の町まで車で約40分もかけていかなければならないのである。とはいっても、まだ耳鼻科があるだけましであり、そのようなものは周辺にまったくない離島や山奥の村などもある。
そういう地域に住んでいれば、いよいよ本当に我慢ができなくなったときにしか病院に行こうという気は起こらない。しかし、そのような段階になったときには治療が難しくなっていたり、もはや手遅れという事態も考えられるようになる。

また一方で、離島や山奥の村では医師不在も深刻な問題である。
1000万、2000万円の年収を提示してもまったく医師が来る気配がなく、それゆえに来てくれる医師には最敬礼で迎える仕組みになっている。
町に診療所がひとつしかない以上、すべての病気についての知識を持っていなければならないというとてつもなく困難な仕事であにもかかわらず、どのような医師でも迎えなければならないのだ。

このような状況があるにもかかわらず、医療改革の流れは「公平な分担」という旗の下どんどんと着手されている。今国会でも法案が成立する見通しである。
今国会の改正はこの話とは異なるように思えるが、私からいわせると弱者切捨てを推し進めていることには変わりない。東京在住の官僚が資料や周りの声だけを基準に作った、いわば東京の理論のみでよくも公平だなんだと叫んでいられるものだ。

私は幸いにも田舎で生まれて田舎で育った。この感覚を忘れず、田舎の畑仕事をしている人たちを切り捨てることなく、またその人たちにどのような言葉で言えば伝わるかを考えながら文章を書いていかねばならない。
そう思うことができた耳鼻科通いである。
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テーマ:コラム - ジャンル:ニュース

コメント

はじめまして

興味深く拝見しました。

こちらのブログをリンクに追加したいのですがよろしいでしょうか?

  • 2006/06/02(金) 22:39:33 |
  • URL |
  • yacchiman #-
  • [ 編集]

『住まいの最寄り駅周辺だけでも4つも耳鼻科があるのである。これならば、少し痛くなっただけでもすぐ立ち寄ってみる気がする。』

2段落目、2~4行目

「立ち寄ってみる気がする」 意味は確かになんとなく伝わります。しかしこの表現、少し気になりませんか?

  • 2006/06/18(日) 13:41:47 |
  • URL |
  • 青い空 #-
  • [ 編集]

青い空さん
お久しぶりです

確かに言葉の響きとしてもヘンですし、病院に「立ち寄る」というのもヘンですね。

直しておきます

  • 2006/06/19(月) 22:01:02 |
  • URL |
  • 中川 #-
  • [ 編集]

『住まいの最寄り駅周辺だけでも 4つも耳鼻科があるのである。これならば、少し痛くなっただけでもすぐ立ち寄ってみる気がする。』
 ↓
『これならば、少し痛くなっただけでもすぐに病院に行こうと思うだろう。』
2段落目、2~4行目

お久しぶりです。
改善したと思いますよ。ただ私が感じたことを説明しておくと、私が気になったのは、どちらかと言うと「気がする」という表現でした。「~のような気がする」というのは、たいてい主語が「私」です。“私は今日は一日寝ていたい気がする”というような、ちょっと曖昧さをもたせて自分の気持ちを表現する場合に用います。
すると「立ち寄ってみる気がする」というのは、著者(中川さん)自身の気持ちのような感じがしますが、しかし実際著者はもうすでに病院へ一度行っているので「気がする」というのは少し(他人ごとのようで)違和感があります。こう読者は感じるわけです。「(次回痛くなることがあっても)すぐ立ち寄ってみようという気が起こる」であれば、まだ文が繋がるのにな~という印象をもちました。
次に考えたのが、主語が第3者(一般の人々)のことを言っているのか、ということでした。「最寄り駅周辺だけでも4つも耳鼻科があるのである。これならば、(他の私と同じような症状の人も)すぐ立ち寄ってみようという気が起こるのではないだろうか。」こう書けば、こちらも文が繋がるわけです。

主語を明記しない場合は、それ以外の文中でそれを暗示されることが必要ですが、中川さんの文の癖は、それを暗示しないまま主語を抜いてしまうというところなのだと思います。だから「立ち寄ってみる気がする」の主語が、著者本人と第3者のどちらを指しているのかが読者に伝わらないまま、違和感だけが残ってしまったのです。もっと言えば、「気がする」という表現自体、どちらかといえば口語用であり、文章中で使うのはできるだけ避けたほうが無難な「気がする」のです。笑

  • 2006/06/20(火) 11:48:34 |
  • URL |
  • 青い空 #-
  • [ 編集]

なるほど・・・

言われる事がすべてもっともなので、返す言葉もございません(笑)
前々から、文章に主語を抜くなと青い空さんから言われていたのですが、文章を書いていると勢いが出ちゃって、つい抜いちゃいがちになるんですね。
それで、原稿などとは違って寝かせることもなく、その場でチェックしてすぐに投稿するのでダメなのでしょうね。

また口語表現ですが、自分はここではできるだけそちらに近づけてと思ってましたが、やはり文章になると読みにくいのですね。

本当にありがたい指摘とても役に立ちます。
ありがとうございました

  • 2006/06/25(日) 14:34:05 |
  • URL |
  • 中川 #-
  • [ 編集]

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